東兎町商店街

とうとちょうしょうてんがい

通称東兎銀座。川谷選手の出身地。古くは宿場町として栄え、昭和初期に川谷重工(当時は川谷製作所)が近隣に大規模な陶器工場を建設した事から大きく発展する。昭和以降は景気後退に伴う川谷重工の規模縮小の影響により、かつてのような活気は無い。高齢化と過疎化が進んでおり空き店舗と空き家が目立つ。2010年から地域振興の一環として便座レースの公式大会を誘致。川谷選手の世界的な活躍もあり注目を集め、外国人観光客も急増している。名物は東兎せんべい。
コースは東兎町の古くからの街並みを疾走。連続する直角カーブにより正確なコーナリングテクニックが要求される。アーケード街を貫くメインストレートは爽快だか通行人が多く注意を要する。町内会の高齢化によりレース開催の周知が徹底されていないようだ。見せ場であるジャンプ台は若き日の川谷浩一選手が川辺で特訓したエピソードに基づき町内会の青年部が設置したもの。便座レーサーを追跡する猛犬の目撃情報あり。


稲楠団地

いなくすだんち

尻屋会長が選手としてデビューする前、この稲楠団地で早朝に便器に乗り新聞配達をして尻を鍛えたという逸話から、便座レーサーを目指す若者の聖地として今も昼夜を問わず若者が便器で坂を上っている。コース上には住人からの差し入れドリンクが随所に置かれている。あまり知られていないが、トラックの荷台に乗る事が可能。
登り階段でのロスを減らす事と、下り坂からのカーブをどれだけの速度で通過できるかが鍵となる。

 

大蒜池

にんにくいけ

稲楠市の外れにある小さな池は、レーサーを目指す者がライセンスを取得する前に練習を重ねるトレーニングコースとして知られる。あるテレビ番組の企画で池の水を抜いたところ、底から大量の便器が発見された。池周辺では山の斜面に乗り上げないよう細心の注意が必要。また、縄張りを侵害され興奮して走り回る野良犬は大きな脅威となる。男たちが便座神輿を担いで練り歩く「波見出多鎮魂祭」では、金の神輿にぶつかるとその年の運気が上がると言われている。

 

Ben Joe Street

ベン・ジョーストリート

「ベン・ジョーなら何とかしてくれるさ」が地元の人々の口癖だった。戦後の軍事工場を転用してベン・ジョー氏が推し進めた「BJT」の便器生産で街は活気に溢れていた。しかし時代の推移と共に「BJT」の便器は他社製品に遅れをとり「BJT」は倒産。工場跡地と倉庫群を残し、人々は去っていった。その後ベン・ジョー氏はカリフォルニアで優雅な生活を送っていたが、ワールドクリエイト社が用意した莫大な契約金に目がくらみ、W.C.リーグのレーサーとして復活した。

 

Hescatore Stadium

ヘスカトーレスタジアム

名門チーム、アルキメデスヘスカトーレが本拠地とするサッカースタジアムとして知られているが、便座レース会場としても使用されている。スケジュールの折り合いがつかず、サッカーと便座レースが同時開催される事態が頻発している。
照明を派手にした「トイレットフェスティバル」と呼ばれるイベントでは、世界中からトイレファンが詰めかけ、各団体やトイレメーカーのアピールの場となっている。

 

SponTown

スポンタウン

スポンタウンと呼ばれるスラムでは、サーカス団が残していった曲芸用の便器を使って、貧しい子供達による便座レース大会が行われているという。この中から将来の大スターが生まれるのかもしれない。
狭く入り組んだコースにはサーカス団に捨てられ野性化した動物達がおり、予測不能なアクロバティックなレースが展開される。

 

Slipper Valley

スリッパ・バレー

世界遺産「スリッパ・バレー」での便座レース開催までの道のりは困難の連続であった。ザヤック会長の尽力により、レース中に絶対に漏らさない事を条件に開催が許可された。

 

OTEARA Remains

オテアラ遺跡

アステカ文明が遺したトイレを祀る神殿。かつては生贄を便器に投げ込む儀式が行われていたという。観光地化を目指す地元の有志らによって適当に復元された事から、原型とは全く異なる様相を呈している。
コース上には古代から残る様々な仕掛けがあり、上手く利用すればレースを有利に運ぶ事が可能。

 

Paper Farm

ペーパー・ファーム

高級トイレットペーパーに必要な特別な木材の集積所。トイレットペーパー愛好家が集うようになり、自然と便座レースの開催地となった。

 

B The Cover Prison

B・ザカバー刑務所

廃校となった「ベン・ジョー・トイレットスクール」の校舎跡。刑務所を模した作りとなっており、現在は便座レーサーの訓練施設として利用されている。極限まで制限された生活の中で、便威のコントロールを学ぶことができるという。

 

仁王デパート

におうデパート

仁王ホールディングスを持ち株会社とする企業グループ「仁王グループ」系列の百貨店。一般にはプロ野球球団「仁王ブルーレッツ」が広く知られ、チームが優勝すると仁王デパートは大バーゲンを行う。バブル崩壊後の業績悪化を契機に高級路線から一転「家族で遊べるデパート」をスローガンに親しみやすさを売りにする経営路線に転向した過去がある。トイレ用品部門の「売り場を最大限に活かしたい」という発案が経営陣を動かし、史上初となる屋内での公式便座レースの開催が実現した。
レースは食品売り場からのスタート。各階をつなぐエスカレーターは非常に狭いため、フロアでの混戦をいかに制するかが課題となる。レース開催中もデパートは通常営業を行っているので、買い物客との衝突を避ける反射神経とテクニックも求められる。古い遊具が置かれた屋上もあるようだが、解放されるのだろうか…?
(-Toilet Shooting Star- には登場しません)

 

茨城トイレットパーク

いばらきトイレットパーク 

奥田グループが茨城のある山を買い取って作り上げた、トイレが題材のテーマパーク。主なアトラクションは「ツレッションG」「トイレットアンブレラ」「便圧全開フルーチン号」イメージキャラクターの「高橋君」はトイレの国から来た妖精。 そのパーク内に便座レース専用のサーキットがあり、アマチュアからプロまで多くの便座レーサーが競い合っている。奥田グループが試験的に導入している自動運転装置の故障により、バキュームカーの暴走事故が多発しており、注意を要する。
 
【茨城トイレットパークホームページ】

 

後岐之島

ごきのしま

稲楠市沖合いにある小さな島。かつて奥田グループによって昆虫に関する研究が行われていたが、何らかの原因により昆虫が巨大化。研究チームの手に負えなくなり島は放棄された。 昆虫除去のために上空から薬剤を散布した上、一斉焼却が行われたが、さらなる強力な耐性を持った昆虫が発生するに至っただけであった。 

 

OMOLA

オモラ湿地

水域が季節によって変化する事から、バリエーション豊かなコースで競うことができるとして年間を通して便座レースが行われている。落下水没のリスクがあるポイントが多く、非常に難易度が高い事で知られる。映画「オモラシンデレラ」がきっかけとなり、便座撮影の名所として世界的に有名になった。以前は特別にチャーターしたヘリなどで行くしかなかったが、現在は小型機による観光ツアーが組まれている。

 

TOILETARIUM

トイレタリウム

フンド師が莫大な私財を投じて建造したトイレ空間。限られた便座レーサーしか入ることが許されず、あのザヤック会長でさえも内部に足を踏み入れた事は無い。ここでレースを行う事は全便座レーサーの夢である。近くにはマウント・キバリーがあり、便座の聖地と呼ぶにふさわしい。フンド氏は自らの墓としても設計している。

 

MOUNT KIBALY

マウント・キバリー

山頂に特別な力が宿り、便威が高まるとされる霊峰。悪天候で見通しが悪く、落下の危険性が高い。登頂できて初めて一人前の便座レーサーであるとされる。 

 

Kibandelburg

キバンデルブルグ

化学工場から排出される黄色い霧で有名なドイツの都市。便座レース専用のサーキットがあり、多くの企業の便座試験走行が行われることでも知られる。

 

KITANA INDUSTRY

キタナインダストリィ

便座パーツの素材で知られる世界的企業。キバンデルブルグにある本社ビルの地下駐車場において、便座の耐久テストが行われる。

 

御真瑠川河川敷

おまるがわかせんじき

シリダシティの姉妹都市である真瑠田市を流れる御真瑠川の河川敷は、サイクリングやカジュアル便座レースの名所となっている。

 

SIRIDA CITY

シリダシティ

最新のフンバルト研究が行われている都市。2019年シリーズの最終レースの開催地でもある。ザヤック会長が次期市長になるのではないかと噂される。

 

VITEAK

ヴィティーク倉庫群

シリダシティ郊外にある倉庫群。シリダシティから各国へ輸出される仮設トイレの集積地となっており、「仮設トイレの神殿」と呼ばれる。主に週末の夜に開催される、レーサーの素性を隠した「ボックスレース」は非常に高い人気を誇っている。狭い隙間を高速で周回し続けるため、並々ならぬ集中力を必要とする。

 

BABIDEL RESORT

バビデルリゾート

元プロ便座レーサーのバビデル氏が経営するリゾート施設。宿泊施設を中心に遊興施設、海水浴場、プール、トイレがあり、便座レーサーの療養施設として多くのプロレーサーに利用されている。当然、ビーチを翔ける便座レースも開催されている。元々はガ・マン耐久レースの参加者が設営したキャンプ地である。

 

Ga Man Islands

ガ・マンしょとう

ハラクーダ氏が発見した便座レースに適した島々。遭難したハラクーダ氏が助けを求めて自作便器で走り回った事が由来の「ガ・マン耐久レース」が行われている。島には難易度に応じた愛称が付けられている。

 

Sea Bean Atoll

シビンかんしょう

便呼吸法の訓練として水中便座レースが行われる。便座レースへの情熱を失ったブリュッセル氏が水面を漂っている姿が目撃されている。サメの目撃情報あり。

 

翠仙郷

すいせんきょう

中国の奥地にある、数千年の歴史を持つとされる伝説上の便座レースの都。これまで実在しないとされて来たが、ボットン教授らの調査隊が伝承に基づく高山にて建造物とコースのようなものを発見。明らかに便座レースが行われてきた形跡を発見した。西洋が発端とされる便座レースの歴史が覆される可能性も否定できない。研究は始まったばかりである。

 

茂良下ダム

もらしただむ

飛利騨市にあるダム。頻繁に水が漏れている。

 

奥田城

おくだじょう

奥田家の屋敷は天守閣のような建造物があり、通称奥田城と呼ばれている。周辺は産業廃棄物で汚染された沼地が広がっており落下は危険。毎年大晦日に奥田家に招かれた便座レーサーや奥田家に仕える忍者が集い、年越し便座レースを行う。

 

Venpiano National Park

ヴェンピーノ国立公園

谷と沼地が入り乱れる天然の便座レースコース。無許可で侵入すると逮捕される。

 

Lake Ositsu Circuit

オシツ湖畔サーキット

キバンデルブルグにあるフンバルト社のテストサーキット。

 

アク州ヨゴレイク市

あくしゅうよごれいくし

便座レースサーキットがあったが、大逆流事故により消滅。現在は「グラウンド・ゼロ」と呼ばれ一般人の立ち入りは禁止されている。便器を狙った盗掘者が多く、国際便座レース連盟が厳重に管理している。爆心地付近は超高濃度便素が充満しているため、特殊な訓練を受けた便座レーサーだけが侵入できる。

 

草井ケ原

くさいがはら

茨城の奥地にある草原。遮る物が少ないため、小手先の技術ではどうにもならない純粋な便威勝負が繰り広げられる。

 

ニュルール雪渓

にゅるーるせっけい

一年中雪と氷に閉ざされた極寒の地。
天然のジャンプ台を利用した、超高速一本GSO勝負が繰り広げられる。

 

ブツチ高地

ぶつちこうち

かつて茶色いものを信仰する集団が弾圧され落ち延びた地。途中に見える巨像は、かの大英雄「ティム・ポコ」であるとされる。
落下の危険が多く、繊細な一本GSO勝負が繰り広げられる。

 

シリヌグスク廃工場

しりぬぐすくはいこうじょう

旧ソ連時代に便座が生産されていた工場。
コース分岐が多く、瞬時の判断が勝敗を左右する一本GSO勝負が繰り広げられる。

 

奥田バキュームベース

おくだばきゅーむべーす

大量のバキュームカーを擁する奥田家の秘密基地。内部ではバキュームシャトルの開発が進められているという。高度な技術が要求される極限の一本GSO勝負が繰り広げられる。

 

ウムティーの丘・ウムティーの森

うむてぃーのおか・うむてぃーのもり

第二次世界大戦において、ドイツ軍の突撃便器がソ連軍の包囲網を突破した「ウムティーの奇跡」で有名な古戦場。高機動一本GSO勝負が繰り広げられる。

 

トイレタリウムB層

とうれたりうむBそう

トイレタリウムの地下に広がる広大な空間。フンド師が宇宙へ飛び立つためのカタパルトとして設計したもの。
便座の設計上の限界速度に近い、神速の一本GSO勝負が繰り広げられる。

 

箱根激便・第5区

はこねげきべんだいごく

最も過酷とされる箱根激便の5区のみを用いて一本GSO勝負の舞台とされるケースがある。終始登り坂となるため重量に注意が必要。

 

便座墓場

べんざはかば

キバンデルブルグ採石場での一本GSOレースは、その過酷さからリタイアする便座があまりに多く、いつしか「便座墓場」と呼ばれるようになった。迷路のように入り組んだ無数のルートがあり、その組み合わせにより難易度が大きく変化する。

 

米異炭鉱跡地

よねいたんこうあとち

明治から昭和にかけて採掘が行われた炭鉱。現在は毒ガスと可燃性ガスが噴出しており非常に危険であり原則立ち入り禁止だが、無法者らによるスリルを求めた一本GSOレースが行われている。YONEI代表の米異茂良志の所有地である。

 

クワムチャウ砂漠

くわむちゃうさばく

大陸横断便座ラリーのコースの一部。起伏の激しい過酷な一本GSO勝負が行われる。尚、クワムチャウ(kwam-chaf)とは「尻を破壊する」という意味であり、道中の悪路で馬車の搭乗者が尻を痛めた事に由来する。中国武術「貫跳拳」の語源であり、これが琉球を経て日本へと伝わり、武道「カンチョー」となったのはあまり知られていない。

 
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